お江戸東京と世界樹と会う旅。その1

雅な古都に住まわれているクライアントさんが、

最近書いていたちーば探検隊や谷中さんぽなどを読んでくださっていて、

『一日は平地、一日は山でお願いします。^_^  』

というお初のオーダーを頂き、五月の風の気持ち良い晴れのなか(六月だけど)、行ってきました二日間。

 

 

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正直東京を仕事としてご案内する、というのは初めてで、一体何をお見せしたらいいんだろうと、

三日ぐらいかけてあちこち下見した結果、

江戸から東京への変化を俯瞰する視点の片鱗でも得られるような、そんな一日にしようと思いました。

 

そこで気が付いたのは、東京はあまりに大きく

ここに住む人々の様々なニーズに比例して、

多様な姿を持つ場所となっていて、

ここを代表するもの・・・っていう特色がすでに見当たらない。

求めるものがないと、なんの特色もない。

逆にその人の知識や欲求に応じて、

あらゆる姿を取る場所なのではないかと思い始めました。

東京っていう場所自体が、

非常に高密度にエネルギーと人の思考の凝縮された・・・まさにトーキョーバビロン。

 

私は山を始めてから、つねづね関東地方の年間通しての安定した天候、

特に冬の晴天率の高さに驚いていました。

 

真冬に外に布団や洗濯物を干せる地域なんて、

日本の中で実はすごく少ないと思うんですよね。

九州だって雪降りますし。

 

そして日本列島のくの字に折れ曲がったちょうど真ん中、

フォッサマグナやプレートの重なった場所に出来た平野の上にあり、

徳川家康が都をここに置いたということに、

いつも何か得体の知れない凄さのようなものを感じていました。

当然ブレーンの人たちがもちろんいたのだと思われますが、

さまざまな思考や技を凝らした末に

大発展を遂げる江戸というものを作り上げ、

東の京の都とするための総仕上げ、

いわば画龍点晴、龍の目を入れるということが、

天皇行幸と称して連れ出し、三ヶ月後のニ回目の行幸時に京都に帰さなかった‼️

という事だったんじゃなかろうかと思いました。

だから今でも京都の方々は、天皇を貸してるだけ、

と思っていらっしゃると。

 

さてさて、そんなこんなで 

江戸から東京への移り変わりが体感できる場所として今回選んだ場所は以下のルート。

よろしかったらご参考までに。(笑)

 

1.浅草から水上バスに乗って浜離宮

2.戻って小石川後楽園

3.両国に移動して、江戸東京博物館か浮世絵が見たいとのご希望ありで、北斎美術館。

4.総仕上げはやっぱりここですスカイツリー

 

 これだけでもギリギリ一日で回れるかな〜?というルートですが、どれも外せないww

 

参考図書として事前に読んで頂くようお願い申し上げたのは、影御前。(笑)

 

             

 

これめっちゃ面白くて、まさに自分の実家のあたりが出てきたので

興味しんしん。 おススメです!(笑)

まさに時空を超えた場所と歴史のお話しです。

 

 

当日の午前、無事に浅草でお会い出来たクライアントさんと、

さっそく水上バスに乗りに行きます。

 

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まあ〜、まるで北京か?と思ってしまうような景色。浅草から隅田川の向こうにスカイツリーやスタルクのデザインしたアサヒビールのビルが並んでいます。

ここから水上バス浜離宮へ。

 

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子供の頃、しょっちゅう爺さんにここから東京タワーに連れていかれてたんですが、

当時は川がすごく匂っていました。

いまは大分良くなりましたが、父親の時代には

向こう岸まで泳いだらしいので、早く本来の姿に戻したいものだと思います。 

 

 

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松本零士氏の近未来的?なデザインのカッコイイ水上バスなどもあり、形も様々。

 

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水面がきらきら輝いてます。

風が海の匂いを含んで気持ちいい。

 

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 船の中は、ここでしか飲めない地ビールなんか売ってたりします。

 

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勝鬨橋やいま話題の築地市場や三月のライオンの舞台になってる月島、レインボーブリッジなんかを見ながら、徳川将軍家が作り上げた浜離宮へ。

小さな水門をくぐって行きます。

 

この隅田川の先は東京湾、その先はよく島キャンプをする伊豆七島へとつながる海路が広がります。

 

ちなみに、今話題の築地は浜離宮のお隣、

そして移転問題で揺れる豊洲は、隅田川を挟んだ反対側にあります。

私は築地が良いんじゃないかと思っていますが、

どうなりましょうかね?

 

 

 

 

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海に浮かぶ出島のような、浜離宮

 

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来日した当時の米国のグラント前大統領と明治天皇が会見したという中島のお茶屋。

関東大震災や大空襲の被害を受けて消失したものを再建したそうです。

お抹茶セットが楽しめる、展望のよいお休み所になってます。

もう一箇所、あずま屋に売店があり、飲み物やお団子など、日陰で休憩することが出来ます。

 

ちなみにこのお茶屋が作られた宝永4年は、

富士山の宝永火口から大噴火した激動の年。

南海トラフが連動して動いた大地震と大津波の49日後に起こった二週間もの大噴火、

その後に続く大飢饉の大変な年でした。

当時、復興には20年以上かかったそうです。

この後、現在まで富士山の噴火は起こっていません。

 

6年前の東日本大震災の時より遥かに凄まじい時を、

その後に起こったの関東大震災と空襲という今の平和な姿からは想像も出来ない時代を経てきたとは・・・、

信じられない思いです。

 

 

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住人はっけ〜〜ん。(笑)

 

かなりの広さがあり、鷹狩りなども行われていたそうです。

この北北西側に皇居、当時の江戸城が位置し、

ここだけでも徳川将軍家の権力の凄さを

驚きを持って感じられます。

 

元々は甲府藩主徳川綱重が拝領した土地を埋め立て別邸にし、その後息子の家宣が六代将軍となり、

浜御殿として大改修し、 明治に宮内庁の管轄になってから、離宮となったそうです。

 

 

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散策を楽しんで、また浅草に戻る船の中。

お客様の目には、どのように映っているのでしょうか。

 

さて今回は実は時間が足りなくて、

残念ながら割愛してしまったのですが、

私の是非オススメは小石川後楽園

 

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実はここ、東京ドームがすぐ隣に位置していて、

コンサートの音なんか聞こえてくるんですが、

それがオマケに思えるぐらい、素晴らしい庭園なのです。

 

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まさに徳川御三家水戸徳川家の祖、頼房と 光圀とが、京都を小さなスペースに凝縮しようとしたような非常に美しい庭で、変化に富んでいます。

 

ここにある 得仁堂の佇まいを見るだけで、光圀公の

お人柄が偲ばれるような気がします。

 

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円月橋。

 

 

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水戸藩書院のあった内庭。

昔は後庭側とは塀で仕切られていたそうです。

なので後楽園なんですね。

 

 

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ここから少し離れた所に小石川植物園があり、

そこは元々徳川家の薬草園だったそうで、

貧しい人のための療養所が建てられました。

現在はその時の井戸が残っていて、さまざまな歴史的な植物がたくさんあります。

 

その途中に伝通院というお寺があるのですが、

ここは新撰組の前身、浪士隊の面々が京都に向けて結集した場所で、清河八郎も葬られていますが、

家康の母、於大の方の遺骸を京都から運び火葬し、

最終的にここに葬るために建てられました。

伝通院とは、於大の方法名からとられたようです。千姫もここに葬られています。

すぐ横には、於大の方の生家、水野家の菩提寺真珠院もあります。

 

徳川家の領地の広さと江戸の成り立ちと歴史に、

知れば知るほど圧倒されます。

 

ちょっと一本で書ききれなくなっちゃったので

つづくです。

また見てね!(笑)